
「秋田の聖母マリア」に背中を押された日

こんにちは。神社仏閣巡りや史跡巡りが大好き、47都道府県旅行2巡目の、ライターにうと申します。
突然ですが、皆さんは「秋田の聖母マリア」をご存じでしょうか。
今回、半世紀前に奇蹟が現れた地を訪ねたことで、一歩前に進むことの大切さを学びました。少しの間お付き合いいただけると嬉しいです。
きっかけはお昼のニュース番組
先日、お昼のニュース番組で、
「ローマ教皇庁が、世界各地で報告されている聖母マリアさまの出現現象を検証する組織を設立した」
と放映されているのを見かけました。
全世界で起こる聖母マリア現象については、虚偽が疑われるものや、なかには犯罪的な詐欺もあったとのことで、本物とそうでないものを区別する意味合いもあるようです。
番組では、「最近の出現例」として、ブラジル・メキシコ、イスラエルのVTRを流していました。
それを見ているうちに思い出したのは、「秋田の聖母マリア」のこと。
かつて、東北の地で起こった奇蹟現象。
当然、この番組でも取り上げるものと思っていました。
でも、「秋田の聖母マリア」については、VTRはおろか、コメンテーターの方も一言も触れることはありませんでした。
***
「秋田の聖母マリア」とは、秋田市郊外の修道院にある、奇蹟現象が起きた聖母マリア像のことです。
1メートルほどの木彫りの像で、今から50年前、1973年以降、数度にわたって像から汗や涙が流れたとのこと。
また、奇蹟はマリア像だけではなく、その修道院に所属する修道女の方にも起こったそうです。
小中学生向けの本などに、「涙を流すマリア像」として紹介されているのを読んだことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ちょうど、この「Marcionの匣」に投稿されていた、morningさんの「涙を流したキリスト像」の記事を拝見していたこともあり、「秋田の聖母マリア」の実物にお会いしたい!と思い、先日、秋田県まで出かけてきました。
▼morningさんの記事はこちら
「ヴィース教会 涙を流した『奇跡のキリスト像』inドイツ」
https://onl.sc/ddG7x4H
私なんかが伺ってもよいのだろうか・・・
「秋田の聖母マリア」が祀られているのは、「聖体奉仕会」という修道院。
【聖体奉仕会の情報(令和5年5月現在)】
住所:秋田県秋田市添川湯沢台1
設立:1970年(昭和45年)
※現在の聖堂は2002年5月に完成
見学時間:9:30~11:30、 13:00~16:00(水曜日は定休日)
※庭園でのお祈りは毎日9時から17時まで可能
見学料:無料
聖体奉仕会には、新幹線とバスで向かいました。
東北新幹線から秋田新幹線に乗り換え、終点の秋田に向かう途中、正直に言ってしまうと、自分なんかが修道院に行っても大丈夫だろうかと、少し、いや、かなり不安でした。
キリスト教の建物と言えば、長崎県にある大浦天主堂に行ったことがあるのみ。
友人の結婚式もせいぜいホテルのチャペル止まり。
どうやってお参りするのだろう?
神社のようにお作法があるのだろうか?
そもそも、クリスマスケーキを食べる時にしかキリストを意識しない自分に、建物に入る資格はあるのだろうか?
そんなことをぐるぐる考えているうちに、乗り物酔いになってしまいました。
ちなみにこの秋田新幹線。
秋田の一つ手前の大曲(おおまがり)という駅から終点の秋田駅まで、進行方向が逆になります。
後ろ向きに座った状態で、約30分間、新幹線が走ります。
乗り物酔いしやすい方は対策が必須です!
オススメする乗り物酔い対策はコーラ。
炭酸が胃腸の不快感を軽くしてくれて、なおかつカフェインが感覚の乱れを抑えてくれますので、ぜひお試しください。
秋田駅にはナマハゲや秋田犬のオブジェが飾られ、否が応でも「あーー秋田に来たんだなあ」と旅愁がかきたてられます。
聖体奉仕会の聖堂(マリア像が祀られている場所)は朝の9時半から開いているとのことでしたので、翌朝一番にお参りすることとして、初日は移動のみとしました。
ホテルでは「明日はほんとうに行っても大丈夫かな・・・」となかなか寝付けませんでした。
翌朝、駅のコインロッカーに荷物を預けて、身軽な状態でバスに乗りました。
秋田駅西口にあるバスターミナルから乗ります。
バスはICカード対応。suicaが使えました。
念のために・・・とお金をくずしておきましたが、その必要はありませんでした。
聖体奉仕会の最寄りのバス停には、30分に1本の割合でバスが出ていました。
8時45分に秋田駅を出るバスだと、最寄りのバス停には9時5分頃に到着し、聖体奉仕会には9時15分頃に到着。これだと朝イチでお参りできます。
バス停を降りると、そこには田んぼと畑と里山がある、どこにでもある日本ののどかな風景が広がっていました。
「聖体奉仕会はこちら」の看板を頼りに歩いていくと、そこには普通の民家が。
駐車場には当たり前のようにトラクターが停められています。
修道院、という言葉が持つ洋風のイメージと、この風景はどうにも合致しません。
ほんとうにこんなところでマリアさまの奇蹟が起きたのだろうか?と大変失礼なことを想いました。
林道の入口には「熊注意」の看板もあり、ほんとうにこの道で大丈夫なのか?と不安が募ります。
途中では清水が湧き出しているところがあり足下が濡れている箇所も。
スニーカーで来て正解でした。
日本の風景に溶け込む修道院
両脇を針葉樹に囲まれた林道を5分ほど歩くと、突如、視界が広がりました。
山のふもとの小高い丘の上に「聖体奉仕会」はありました。
駐車場の奥にお寺のような建物が見えます。
近づいていくうちに、あれが聖堂なんだと気付きました。
秋田に来る前に、聖堂の写真はインターネットで見ていたのですが、その画像よりも和風っぽく見えます。
日本の風景に完全に溶け込んでいました。
近頃はコンクリート造りのビルに入ったお寺もあるので、日本建築の修道院はなんだか不思議な懐かしさがあります。
後に見た聖体奉仕会作成の冊子によると、「『カトリックが日本の精神風土に根づきますように』との願いを込めて、日本の伝統的な社寺建築が用いられ」たとのことで、ああ、そういうお考えがあったからこそ、こうやって景色に馴染んでいるんだなあと感じました。
広大な草原に圧倒
聖堂が開く時間までにはまだ余裕があったため、先にお庭を拝観させていただくことに。
お庭は「マリア庭園」と「小羊の苑」があります。
とりわけ小羊の苑は、6月になるとブタナ(タンポポに似た黄色い花)が広大な庭を埋め尽くすフォトスポットなのだとか。
まずは小羊の苑に足を踏み入れました。
残念ながら私が出かけたのは5月と、まだブタナのシーズンではありません。
それでも、お寺の山門のような門をくぐった途端に広がる広大な草原に圧倒され、気が付くと私の目には涙がにじんでいました。
山の中に、これだけ開けた場所があるなんて!
広さは野球場くらいありそうです。
どのような経緯で聖体奉仕会がこの地に建つことになったのかは分からないのですが、恐らく、もともとは林だった場所を、どなたかが手間暇かけて少しずつ切り開いていったのではないかと思われます。
感動のあまりあっけにとられている私の脇を、修道院の方が、小さな赤い車でゆっくりと通り過ぎていきました。
乗用の草刈機のようです。
草原内を何度も、何度も、行ったり来たりしていました。
青い草の匂いが、風に乗ってふわりと通り過ぎます。
丁寧な、でも無駄のない動きで草を刈る姿に、この方は、この地で、自然と共に暮らしながら神さまを信仰されているのだなあとしみじみと思ってしまいました。
また、広大な草原の中の一本道には、キリストと十字架のオブジェが点在していました。
その姿はひとつひとつ異なっていて、どうやらゴルゴタの丘へと向かうキリストの物語が綴られているようでした。
彫刻の下に書かれた物語を読んで、キリストって大変だったんだなあと拙いながらも想いを馳せ、そして次のオブジェへと歩む。
ゆったりとした豊かな時間。
クリスマスの時期しかキリストを意識しないけれど、ここに来て良かったと心から思えました。
「秋田の聖母マリア」で感じたあたたかみ
拝観開始時刻をだいぶ過ぎた頃に聖堂に入ると、素朴で実直な感じの女性に出迎えていただきました。
特に申込書を書くなどの受付をすることなく、自由に拝観させていただくことができました。
入口では靴を脱いでスリッパをお借りします。
木の床がつやつやしていました。
入口から入って真ん中の礼拝堂にはキリスト像が、右の回廊にはキリストのお父さんである聖ヨセフ像。
そして左の回廊に「秋田の聖母マリア」が祀られてありました。
中は残念ながら撮影禁止のため画像はありません。
「併設する売店だけでも撮らせていただけませんか?」
「すみませんが聖堂内はすべて撮影禁止ですので・・・」
ダメ元でお願いしてみましたが困ったようにお詫びをされてしまい、かえって申し訳ないことを言ってしまったなと反省しました。
なお、併設する売店にはお祈りの本のほか、「秋田の聖母マリア」グッズやアンティークのアクセサリーなどが販売されており、私のような観光客でも気軽に立ち寄ることができました。
マリア像は全長が1メートル程度。
明るく艶やかな色合いの木像です。
窓から差し込む光を受けて、柔らかく微笑んでいました。
この小柄なマリアさまのどこに奇蹟を起こす力が秘められていたのだろうと首をかしげるほどで、宝石店のようにガラスケースの中に入れられているわけでもなく、美術館のようにベルトのついたポールで区切られているわけでもなく、「お手に触れないでください」と注意書きだけが貼られてあるのみで、ごく自然にたたずんでいました。
すぐそばまで行ってマリアさまのお顔を拝見することができます。
私たち拝観者を信じてくださっているからこそできる対応ではないでしょうか。
足元には、カーネーションの鉢植えが左右に飾られていました。
母の日にちなんでのことだと思われます。
この聖母像からは101回にわたって涙が流れたそうです。
また、手のひらから血液がにじみ出たこともあったそうです。
目の前にある木像から、かつて涙が流れ、手のひらから血が出たとは到底信じられませんでした。
でも、だからといって、この修道院に当時お勤めをされていた方が、何か特別な工作をしたとも思えません。
丁寧に庭の草を刈る方や、聖堂の入口で控えめながらも私のような観光客をあたたかく迎え入れてくれた方、そんな方々の先輩にあたる人が、聖母像に細工をする姿が私には想像できませんでした。
また、「奇蹟現象が起きたなんてすごいなあ」と単純に思っていましたが、マスコミに取り上げられたことで、好意的な反応のみならず、穿った視点での捉えられ方、言われなき中傷もあったようです。
そんな状況に自分が置かれたら、修道院を立入禁止にしてしまいそう。
少なくとも、マリア像を誰の目にも触れることが出来る状況にはしておかないと思います。
もしも修道院の方とお話をする機会があれば、先日の報道であった「ローマ教皇庁による聖母マリア現象の検証組織の設立」について伺ってみようかなと思っていました。
この「秋田の聖母マリア」の奇蹟現象については、当時の教区長が公認し、ローマ教皇庁に受理されたものの、その後、教皇庁による公式声明がないことから、未公認扱いとなっているとのことだったからです。
ですが、かつての奇蹟現象を微塵も感じさせず淡々と信仰の活動を行っている方々に、そんなことを尋ねるのがなんだか恥ずかしいことのように思えてきて、ただただ感謝のみをお伝えしてその場を後にしました。
庭園にある笑顔のマリア像
最後に、二つある庭園のうちもう一つの「マリア庭園」を拝観しました。
写真の山門で想像できるとおり、純和風のお庭。
各地から奉納された木が植えられているそうで、神社やお寺と一緒です。
そして神社やお寺なら石碑などが置かれている雰囲気で、マリアさまの石像が祀られてありました。
聖堂内の「秋田の聖母マリア」は静かに微笑んでいるようでしたが、この石像のマリアさまは、陽の光の加減かもしれませんが、晴れやかに笑っているように見えました。
お寺をお参りするときと同じように、柏手を打たずに手を合わせて祈り、山門の前で神社の鳥居のようにお辞儀をして退出。
祈る気持ちがあれば細かいお作法はいいのよと、マリアさまにお母さんのような口調で言われているような気がしたので、自分ができる方法でお参りをしました。
そして、あたたかく満たされた気持ちと、旅が終わる寂しさをごちゃまぜにしながら修道院を後にしました。
最後に
私が伺った際は、大型連休明けだったせいか、私のほかには海外から来られたご夫婦しかいませんでした。
その方たちもバスで来ていて、「帰りのバスの時間を教えて」と英語で話しかけられたのはかろうじて分かったのですがどう答えたらよいか分かりません。
今思えばインターネットの翻訳機能を使えばよかったのに、カタコトで「ジュージサンジュップーン」とか言いながら、スマホで撮影しておいたバスの時刻表を指差しました。
「オーケーオーケー」とおっしゃっていたので、多分通じたのだと思います。
「秋田の聖母マリア」の奇蹟が現れた要因として、かつて秋田の地で厳しいキリシタン狩りが行われたことを仮説として挙げている方がいらっしゃいます。
そこまでの拒絶ではありませんが、どうしても「教会」「修道院」と耳にすると「なんかよく分からない」「無宗教の私が行っても大丈夫だろうか」と二の足を踏んでしまいます。
そういった漠然とした不安を抱く方が私以外にもいらっしゃるのではないでしょうか。
実際に、この「聖体奉仕会」の来館者の8割以上が日本人ではなく、今回お会いしたような海外からの方とのことです。
ですが、今回、思い切って秋田まで出かけてみて、聖堂で「秋田の聖母マリア」にお会いしてみて、修道院の方の真面目そうな姿に触れてみて、十把一絡げに「よく分からないけど不安」と逃げていては得ることのできない経験をいただきました。
修道院全体にあふれていたお母さんのような優しさ、おおらかさは、その場に行ってみないと分からないと思います。
今までやったことがないことをするのは勇気がいりますが、うまくいってもいかなくてもそれは人生の厚みとなって自分の宝物になるし、他の人に伝えることで、その人のお役に立つことができるかもしれません。
そもそも最初からうまくいくはずがないのだから、ネタにするぞくらいの気持ちで(ほんとうは怖くて口の端がひきつっていても)枠の外に一歩踏み出してしまったほうが、逃げ続けるよりも案外ラクなのかもしれません。
それでは、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
この記事が、
「私も『秋田の聖母マリア』が気になってたのよね。次の連休にでも行ってみようかな」
「そういえば、あれにチャレンジしてみようかな・・・」
など、あなたが一歩踏み出すきっかけになれたら幸いです。
・小さな聖母巡礼地・秋田(聖体奉仕会修道院) ・復刻版 極みなく美しき声の告げ(カトリックグラフ特別取材班) ・秋田の聖母と知られざる殉教の歴史(田端美恵子) ・聖体奉仕会ホームページ(https://seitaihoshikai.com/)