
「初午」はお稲荷さんのお祭り!
その由来や特徴、ご利益とは?

こんにちは!神社大好きライターの「しろすずめ」です(*^∋^*)
突然ですが、「初午(はつうま)」をご存知でしょうか?
この日はお稲荷さんが稲荷山に鎮座された日とされており、稲荷神社のお祭りの日なのです!
今回はそんな初午について、具体的な日付や由来、この日に稲荷神社で開催される「初午祭」の特徴をご紹介します。
執筆にあたり、京都・伏見稲荷大社の「初午大祭」に参加してきました!
この初午大祭限定の、福を授かる「しるしの杉」という護符や、興味深い「お稲荷さんの誕生秘話」までくわしく解説していきます。
かつての初午詣のおもしろエピソードも載せていますので、ぜひリラックスしてご覧ください♪
初午(はつうま)とは
初午とは「2月最初の午の日」のこと。この日はお稲荷さんにとって特別な日なのです。
約3万社にものぼる全国の稲荷神社の総本宮・伏見稲荷大社のご祭神「稲荷大神(ウカノミタマノカミとも)」が、稲荷山の三ヶ峰に鎮座されたのが「和銅4年(711年)2月の初午の日」と言われているからです。
ざっくり言うと、全国にた〜〜〜くさんいるお稲荷さんの大親分がお祀りされた記念日!というわけです。
それにちなみ、この初午の日には稲荷神社にお詣りし、商売繁盛や家内安全、五穀豊穣を祈願するようになったのです。
今年の初午の日はいつ?
今年(2023年)の初午の日は「2月5日(日)」です。
「午の日」とは、日付を十二支に当てはめて数える日の干支によるものです。1日目を「子」として数えていき、12日目の「亥」までいくと再び「子」に戻ります。
初午の日はその年によって変わり、来年2024年の初午の日は「2月12日(月)」です。
ちなみに、初午祭の開催日はこの初午の日が多いですが、神社や地域によって多少バラつきがあるようです。例えば、京都の「満足稲荷神社」では2月17日に初午祭が行われます。
念のため、事前にチェックしてから初午詣に出かけましょう!
初午祭とは
それでは実際に、初午祭がどういうものかご紹介しましょう。
今回は初午の日に開催された、伏見稲荷大社の「初午大祭」を中心に解説していきます!
伏見稲荷大社の「初午大祭」
年中無休で大賑わいの超人気観光スポット・伏見稲荷大社。
豊作と福をもたらすお稲荷さんは、主に商売繁昌や家内安全、五穀豊穣にご利益があるといわれています。
お祭り当日、参道には「初午大祭」の幟(のぼり)がはためき、大勢の参詣人で活気に溢れていました。
本殿ではひっきりなしに初午の御祈祷が行われ、本殿隣の神楽殿では神楽舞も奏されます。
楼門をくぐってすぐ目に飛び込んでくるのが、社殿に山のように積み上げられたお供え物。野菜やお酒といった溢れんばかりの奉納品が、てんこ盛りに飾られています!
お稲荷さんに豊作を祈り、深く感謝するまっすぐな信仰心が伝わってくる光景ですね。
初午の日限定 福を授かる「しるしの杉」
伏見稲荷大社の初午大祭ではずせないのが、「しるし(験)の杉」という護符です。
これは20㎝くらいの木の棒の先に杉の小枝がつけられたもので、初午の日だけに授与されます。商売繁昌や家内安全の御守りで、玄関や床の間に飾ると家が栄えるとされています。
授与所にはスタンダードな「しるしの杉(1,500円)」に加え、破魔矢や絵馬なども一緒になった「福重ね(3,500円)」も並んでいました。
参詣人は、ズラリと並べられた護符の中から縁起が良さそうなものをじっくり見定めていました。もちろん筆者も「これだ!」と思ったものを選ばせていただきました。
初午大祭限定の「しるしの杉」で、豊かな実りと福を授かりましょう♪
「しるしの杉」の起源 かつては枝を折っていた
「しるしの杉」の起源は古く、平安期の頃のお詣りでは、稲荷山の杉の小枝を折って身に付けることで参詣した証とする風習があったようです。
特に「初午詣」の際には盛んに行われていたようで、初午の日には大勢の参詣人が稲荷山の杉の小枝をボキボキ折り取り、木々はすっかりはげちょろげになってしまったとか。
江戸時代には農民や漁民、職人たちがとりわけ篤くお稲荷さんを信仰していました。初午の日には多くの農民が伏見稲荷大社に参詣していたそうです。
当時はしるしの杉のほか、農業豊作にちなんだ五穀の種や陶器、稲荷山の土で焼いた人形などをお土産にしていたそうです。
おもしろエピソード 初午詣は出会いの場!?
年に一度の初午祭は、昔も大勢の参詣人で賑わっていました。
お稲荷さんへのまっすぐな信仰心からお詣りする人ばかりではなく、中には「男女の出会い」を求めて初午詣する人も少なくなかったようです。
『今昔物語集』には、そんな面白い初午詣のエピソードが載っています。
ある既婚の下級官人が、下心満載で初午詣にやってきます。そこで見つけた素敵な女性!かぶりものをしている彼女をいそいそ口説きにかかると……なんとそれは、変装した自分の奥さんだったのです!!
多くの参詣人とお稲荷さんが見守る中、赤っ恥をかいた失敗譚(笑)。
今も昔も変わりませんね。
初午の食べ物
初午ならではの食べ物もご紹介しましょう!
◆初午いなり(いなり寿司)
お稲荷さんといえば「いなり寿司」。稲荷神社のお祭りである初午の日もいなり寿司を食べて祝います。
ちなみに、お稲荷さんは東日本と西日本で形が違うのをご存知でしょうか?
主に、東日本では米俵にちなんだ「俵型」、西日本では狐の耳にちなんだ「三角形」をしています。
◆初午団子
養蚕業が盛んだった地域では、初午の日に「初午団子」を作り、蚕の神様にお供えしていました。
初午団子は「まゆ」の形をしたお団子で、現在でも味噌汁に入れたり、そのまま焼いて砂糖醤油で食べるなどして楽しまれています。
◆しもつかれ
栃木県を中心に作られている郷土料理で、初午の日に作り、お赤飯と共にお稲荷さんにお供えします。
稲荷神の起源
ここからは、初午に深く関わるお稲荷さんの起源について解説していきます。
『山城国風土記』に見られるお稲荷さんの伝承
全国津々浦々にいたるまで祀られているお稲荷さん。
私たちにもっとも身近な神様であり、はるか昔から篤く信仰されてきました。
そんな稲荷神の総本社である伏見稲荷大社の起源が、『山城国風土記(やましろのくにふどき)』という古い書物に記されています。
それによると、伏見稲荷大社を創建したのは「秦(はた)氏」という渡来人の一族です。はるか昔の弥生時代頃、ようやく水田稲作が盛んになってきた日本に大陸から渡ってきました。
大陸のすぐれた技術を伝えた秦一族は、稲作をはじめ養蚕や醸造などの産業を広めて栄え、巨万の富を築いたのです。
「渡来人」がお祀りした「稲生りの神様」
さて、『山城国風土記』には「稲荷」の由来として次のような伝承があります。
“秦氏の長者・伊呂具(いろぐ)がお餅を弓の的にして射ったところ、白い鳥になり飛んで行った。それが山の峯にとどまって稲が生えたので伊禰奈利(イネナリ・稲生)を社の名にした。”
お餅に籠もった神様が鳥となって稲荷山に飛んでいき、そこに稲が生えた。これが生命を育む稲の神様「稲生(イナリ・稲荷)」のはじまり、というわけです。
…しかし長者の伊呂具さん。命の源であり、神様とも考えられていた大事なお餅を「弓の的」にするなんてバチあたりですね!
さすがの秦氏もちょっと反省したのか、伝承は以下のように続きます。
“その子孫の代になって先のあやまちを悔い、社の木を根ごと抜いてきて家に植えてお祀りした。今、その木を植えて繁れば福を得られ、枯れれば福を得られない、ということになる。”
日本人は稲や米を「神」としてあがめ、食してきた民族です。そんな重要な稲作のすぐれた技術をもたらした渡来人が、農業豊作の神様である「稲荷神」を創建したというわけです。
お稲荷さんは意外にも、国際的なルーツを持つ神様だったのですね!
まとめ
いかがだったでしょうか。
今回は「初午」について、伏見稲荷大社の「初午大祭」を中心にご紹介しました。
私たち人間にもっとも身近で繋がりの深いお稲荷さん。そのルーツは意外なことに、かつて国の外から来た「渡来人」によって創建された神様でした。
お稲荷さんの鎮座をお祝いし、豊作と商売繁昌・家内安全をお祈りする初午祭。
ぜひ足を運んで「しるしの杉」から福を授かり、実り多き幸せな一年を過ごしましょう!
所在地:京都市伏見区深草薮之内町68番地
【電車】
・JR奈良線 稲荷駅下車 徒歩直ぐ (京都駅より5分)
・京阪本線 伏見稲荷駅下車 東へ徒歩5分
【市バス】
・南5系統 稲荷大社前下車 東へ徒歩7分
【自動車】
・名神高速道路 京都南インターから 約20分
・阪神高速道路 上鳥羽出口から 約10分
・中村 陽監修「イチから知りたい日本の神さま2 稲荷大神」2009年・戎光祥出版
・伏見稲荷大社(公式サイト)http://inari.jp/