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執筆者:夕顔
灌仏会・花まつり特集

美しき日本の灌仏会

執筆者:夕顔
執筆者:夕顔

皆様、こんにちは! 遊ぶことには余念がないライター・夕顔です!

突然ですが、皆様はお釈迦様の誕生日がいつか、ご存知でしょうか。
「イエス様なら分かるんだけど……」と、ちょっと自信のない方は、
筆者と一緒に、レッツ・スタディ!
仏教語は難読漢字が多いですが、難しい言葉を使わずに、解説していきますよ!

「誕生日の質問なんて、朝飯前だッ」と、自信満々の貴方は、
第1章は読み飛ばしていただいて、第2章をご覧ください!

それでは本日は、お釈迦様の誕生日にまつわる謎に大注目!!

第1章 灌仏会の概略

1.灌仏会とは?

灌仏会(かんぶつえ)という言葉をご存知でしょうか。
漢字からして、さっそく難しいですよね。
灌仏会とは、お釈迦様のお生まれになった4月8日、誕生日をお祝いする行事です。

「灌」という字は、訓読みにすると、「灌(そそ)ぐ」と読みます。
ただし、今どき、「灌ぐ」という言葉は、あまり見かけませんよね。
「灌ぐ」とは、「注ぐ」と同じ意味で、水などをかけること。
ということは、「灌仏」とは、「仏に注ぐこと」だと分かりますね。

灌仏会において、各寺院では、誕生仏(たんじょうぶつ)に甘茶(あまちゃ)をかけ、お釈迦様の誕生日をお祝いします。
だけれども、突然「誕生仏」や「甘茶」なんて聞き慣れないワードを連発されたら、困惑してしまいますよね。
ややこしい言葉はいったん横に置いて、先ずはお釈迦様の誕生日にまつわるエピソードをお話することにいたしましょう。

■エピソード お釈迦様の誕生秘話 
其の一

紀元前5~6世紀頃、ヒマラヤ山脈の麓にシャカ族と呼ばれる部族が住んでいました。
部族の王の名前は、シュッドーダナ。妃の名は、マーヤー。
ある晩、マーヤー夫人は白い象の出てくる、不思議な夢を見ました。
白い象は、蓮の花を鼻で持って天から舞い降りてきました。牙はなんと六本もあります。夫人は、ぼんやりと象を眺めていました。
すると、象は夫人のほうへ近づいてきて、スッと右脇の中に入っていったのです。
驚いて目が覚めた夫人は、夢の意味を確認するため、学者のもとを訪ねます。
夢の内容を聞いた学者は、「それは実に、おめでたいことです。やがて、素晴らしい赤ちゃんがお生まれになるでしょう」と伝えました。
月日が流れ、出産が近づくと、夫人は里帰りをすることになりました。夫人は道中に、ルンビニという花園に立ち寄りました。池で沐浴を済ませた後、満開の花に手を差し伸べようと立った時でした。右の脇から男の子が産声を上げたのです。
この時、生まれたお釈迦様の頭には、九頭の龍が現れました。龍たちは、天から清らかな水を灌いで、お釈迦様の誕生を祝福したのでした。

ここまでお読みいただけば、なぜお釈迦様の誕生祭を「灌仏会」というのか、分かっていただけたかと思います。お釈迦様の頭にお水を灌いだことが由来だったのですね!

ちなみに、灌仏会については、他にも降誕会(ごうたんえ)、仏生会(ぶっしょうえ)、浴仏会(よくぶつえ)、竜華会(りゅうげえ)、花会式(はなえしき)等と呼ばれていますが、一番親しまれている名称は「花まつり」でしょうか。
こちらについては、後述します。

仏教のシンボル 
蓮の美しいスポットをご紹介!
  • 京都府宇治市の三室戸寺。「蓮園」では250鉢もの蓮が咲きます!
    京都府宇治市の三室戸寺。
    「蓮園」では250鉢もの蓮が咲きます!
  • 大分県別府市の海地獄。「大睡蓮」には乗ることもできます。ただし、体重は20kgまで。
    大分県別府市の海地獄。
    「大睡蓮」には乗ることもできます。
    ただし、体重は20kgまで。

2.灌仏会はどんなことをするの?

■花御堂(はなみどう)と誕生仏(たんじょうぶつ) 灌仏会においては、花で飾り付けた小さなお堂・花御堂を作り、中に誕生仏と呼ばれる仏像を安置します。

先ほどのエピソード「お釈迦様の誕生秘話 其の一」をお読みいただいたならば、花御堂がルンビニの花園を再現したものだと分かるでしょう。
しかし、一方、誕生仏と言われても、なかなかイメージができないですよね。

次のエピソードをお読みください。

■エピソード お釈迦様の誕生秘話 
其の二

生まれたばかりのお釈迦様は、七歩歩いて、右手で天を、左手で地面を指しながら「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と説きました。

これは、お釈迦様の伝説の中でも、最も有名なエピソードではないでしょうか。
「天上天下唯我独尊」という言葉は、そのまま文字だけで読めば、「この世で私より尊い者は、いない」です。ちょっと偉そうですよね。
しかし、お釈迦様の説く「私」とは、単に私自身ではなく、生きとし生ける者全てを指すのです。
つまり、「天上天下唯我独尊」とは、「この世に存在する人々は、皆、尊いものである」という意味です。なんだか、壮大なテーマになってきましたね。

話を元に戻します。

誕生仏とは、お釈迦様がお生まれになって、七歩歩いてからとったポーズの彫刻や石像です。
すなわち、右手で天を、左手で地を指した姿を象っています。

■甘茶(あまちゃ)
灌仏会では、誕生仏に甘茶をかけて、誕生日をお祝いします。
この甘茶かけの儀式は、お釈迦様が誕生した際の、九頭の龍が降り注いだ産湯に由来しています。
しかし、甘茶とはいったい、どんな飲み物なのでしょうか。
甘茶とは、「アマチャ」というアジサイ科の植物から採取した葉を煎じたもの。
独特な甘さを持つことから、甘茶と呼ばれているそうです。

■白い象
灌仏会では、白い象を子供たちがひく、稚児行列というパフォーマンスがあります。
白い象は言うまでもなく、マーヤー夫人が夢に見た象に起因しています。

白い象なんて、見たことないゾウ!
白い象なんて、見たことないゾウ!

そもそも、象は仏教において、神聖な生き物とされています。加えて、色が白いとくれば、大変珍しく有難い感じがしますよね。
また六本の牙を持つ白い象は、あらゆる人々を救う智慧や長寿の象徴とも言われています。

■稚児行列
日本の灌仏会において、最大の見どころと言えば、稚児行列。
平安装束をまとった子供たちが行列をなし、街を練り歩く行事です。
稚児とは乳児や幼児を指します。穢れのない子供は、昔から祭において大切な役割を果たしてきました。
稚児行列は、仏様に仕えると共に、子供の無病息災や成長を願って行われます。
また、この稚児行列に3回以上参加すると幸せになれるとも言われています。
もちろん全ての寺院で実施している訳ではありません。ここ数年はコロナで開催を見送った寺院も多かったようです。

菊姫行列
菊姫行列

写真は、筆者の地元・大分県佐伯市で催される菊姫行列のキャスト(2017年4月1日撮影。今年の菊姫行列では、竹灯籠の予定なし)。

平安装束を纏う稚児行列とは様相が違いますが、子供が重要な役割を果たしている点は同じです。子供の健やかな成長を願う、根っこの部分は同じなのでしょう。

3.灌仏会の歴史

■日本最古の灌仏会
灌仏会の歴史は古く、日本で最初に執り行われたのは、推古14年(606年)、飛鳥の元興寺だと記載があります。この元興寺は、蘇我馬子によって日本で最初に建てられた仏教寺院で、現在の飛鳥寺と考えられています。
推古14年と言えば、まだ聖徳太子が存命の時代!
太古のロマンに思いを馳せつつ、信憑性が気になって、飛鳥寺のホームページを探しましたが、公式版は見つかりません。
ただし、近畿日本鉄道株式会社が運営しているサイト上で、『飛鳥寺は「花会式」が日本で最初に行われたお寺です』いう記載を見つけましたよ!
その後、平安時代になると、宮中でも灌仏会が催されるようになります。

■室町時代・江戸時代の灌仏会
ルンビニの花園を象った花御堂が登場するのは、室町時代。
室町時代も中期になると、灌仏会は特に盛んとなって、諸国の寺院にも普及していきます。
江戸時代になると、甘茶による灌仏が始まるほか、祭に子供が参加するようになります。
江戸の増上寺や浅草寺、大阪の四天王寺では多くの参拝者で賑わったそうですよ。

■花まつりという言葉
先述の通り、灌仏会については様々な名称があります。
古くは「灌仏会」でしたが、現在、最も親しまれている名称は「花まつり」。
では、この「花まつり」という名称は誰が付けたのでしょうか。
調べてみたところ、諸説あるようですが、いちばん有力な説は、安藤嶺丸(あんどう れいがん)によるものと言われているそうです。

■安藤嶺丸(あんどう れいがん)と花まつり

安藤嶺丸は、真宗大谷派の僧侶。大正時代に、「花咲か爺さんお釈迦様」をキャッチフレーズとして、「花まつり」の推進を図ったと言われています。
「花咲か爺さん」は、日本昔話。正直者のお爺さんが、苦労の末、枯れ木に花を咲かせるお話です。
安藤嶺丸は、「枯れ木のように苦悩する人々でも、よい教えを聞くことによって、救われる。そのお爺さんがお釈迦様だ」と小さな子供にも分かるように説いたそうです。

  • 飛鳥寺
    飛鳥寺
  • 浅草寺
    浅草寺

4.まとめ

さて、ここまでは平易な言葉を使用して、人気予備校講師になったつもりで灌仏会を解説してきました。
灌仏会の概要について、理解は深まったでしょうか?
ここから先は、私が今回灌仏会について調べながら、不思議に感じたことを主観中心に綴っていきたいと思います。

第2章 輪になって、論考!

1.どうして灌仏会は4月8日なのか?

灌仏会について調べるにあたり、まず浮かんだ疑問がありました。
それは、「どうして灌仏会は4月8日なのか?」です。
そもそも、お釈迦様の誕生は、紀元前5~6世紀頃とされています。
生まれ年ですら判明していないのに、誕生日を特定できるなんて、おかしいですよね。

■クリスマスとの比較
まず、思いついたのが、クリスマスとの比較です。
クリスマスはイエス様の誕生日だとされていますが、実際は嘘です。
イエス様も、お釈迦様と同様にお生まれになった年ですら、よく分かっていないのです。
では、なぜ12月25日がイエス様の誕生日とされるに至ったのでしょうか。

12月25日はもともと太陽の誕生を祝うローマの冬至祭でした。
当時、ローマに広まっていたミトラ教では、1年の中で昼の長さが最も短い冬至に、太陽が生まれたと信じられていました。冬至の日を境に昼の時間が長くなり、太陽が力を取り戻すと考えられたためです。
当時まだ新興宗教だったキリスト教の指導者たちは、ここに目を付けました。
太陽神の祝祭日を受け入れ、12日25日をイエス様の誕生日に定めたのです。

もともと人気のあった風習を取り入れて権威を増したキリスト教は今日も続いています。

私は、お釈迦様の誕生日についても、同様のことが言えるのではないか、と考えました。
つまり、クリスマスと同様に、後世の人が何らかの理由によって決定したのではないか、と。

■イースターとの比較
そもそも日本にあった風習を考える前に、気が付いたことがあります。
それは、灌仏会とイースターの日程が近いことです。
イースターは毎年決まった日ではなく、変動します。理由は、春分の日以後、最初の満月の次の日曜日、と決まっているためです。
これは偶然なのか、どうなのか。気になって仕方なくなりました。しかし調べていくと、更なる壁にぶつかります。灌仏会が、4月8日とは限らないと判明したためです。

■諸外国との比較
タイやスリランカなどについて調べてみたところ、お釈迦様の誕生日は、インド陰暦の2番目の月にあたる「ヴァイシャーカ」の満月の日(8日~15日)とされています。誕生だけではなく、成道会と涅槃会も併せて行われているようです。
イースターと同様に「満月」を一つの基準としている点は、実に興味深く感じました。
また、日本以外のアジアの国では、陰暦の4月8日にお祝いしている国も多いようです。

ワット・ポーの涅槃仏
ワット・ポーの涅槃仏

■卯月八日との関連
実は日本においても、旧暦の日付で行うのが正式として、5月8日に灌仏会を行う寺院があります。特に、関西の寺院に多いようです。
5月8日と言えば、初夏。「卯月八日」と呼ばれる民間行事があります。
卯月八日とは、農業(田植え)の活動時期を迎える山や村で、山開きを行ったり、先祖供養を行ったりする行事です。
灌仏会が日本に定着していった背景には、このような民間信仰が下地として支えていたと唱える説もあるようです。

2.まとめ

以上、「どうして灌仏会は4月8日なのか?」について、考えてみました。
一つだけ、よく分かったのは、信仰は自然と密接に結びついている、ということです。
それは満月であったり、日の長さであったり、自然の息吹であったり……。
時計も持たずに暮らしていた人々は、現代人よりも、はるかに感覚が研ぎ澄まされていたのだと思います。

今回は灌仏会を通して、古今東西の宗教事情を横断的に考察してみました。
なぜ考察してみたのか、と問われれば、灌仏会について「これだッ!」と納得できる本に出会わなかったためです。
(クリスマスについての本なら、沢山あるのに!)
探してみても見当たらないから、自分で考えてみよう、と思った次第です。
もしかすると、「見当違い!」という箇所もあるかもしれませんが、一つの問題提起になればと思い、執筆しました。
皆様が、灌仏会について考えるきっかけになれば、幸いです。

参考文献

宗教法人浄土宗HP『灌仏会(花まつり)』
https://jodo.or.jp/event/kanbutue/

近畿日本鉄道株式会社HP『奈良しあわせ散歩』
https://www.kintetsu.co.jp/nara/report_powerspot/asuka.html

長谷川岱潤氏『花まつりを考える』
https://www.chugainippoh.co.jp/article/ron-kikou/ron/20220408-001.html

学校法人東洋大学HP『仏教の開祖、釈迦とは?その生涯と“諸行無常”の真理をわかりやすく解説【四聖を紐解く①】』
https://www.toyo.ac.jp/link-toyo/culture/buddha/

上江洲規子氏『4月8日は「花まつり」。お釈迦さまの誕生日「灌仏会(かんぶつえ)」や甘茶をかける由来とは』
https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00663/

真宗高田派本山 専修寺『ひとくち法話70~83話 ―お釈迦様のご生涯―第70話 花まつり(はなまつり)』
http://www.senjuji.or.jp/hitokuchi/70_83.php

臨済禅黄檗禅 携帯サイト 細川景一著『枯木再び花を生ず -禅語に学ぶ生き方-』
http://www.rinnou.net/mobile/words/zengo/201103.html