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執筆者:奈良派爺さん
奈良散歩イベント特集

奈良散歩イベント参加体験記

執筆者:奈良派爺さん
執筆者:奈良派爺さん

イベントの趣旨と概要

「アジールさんぽ」と銘打った奈良の街を散策するイベントの第1回が開催され、このイベントに参加しました。このイベントは油阪にある「ホテルアジール奈良」と修学旅行生の案内でも活躍している奈良のボランティアガイドの会である「朱雀の会」のコラボにより行われるものです。
奈良が大好きな人達を対象に、観光スポットではない奥深い奈良の歴史等を探索する趣旨で行われるイベントで、今回が第一回目で「奈良奉行の足跡を辿る」と題した3時間のコースで、5月26~28日に開催されました。
奈良派爺さんと称している私にとっては、本当に興味を惹かれるイベントで、早速申し込み、参加しました。この体験談を通じて奈良の奥深さを知ってもらい、多くの方に奈良に興味を持っていただければとの思いで、この記事を作成しました。

集合から出発まで

イベントの集合・出発は、午後1時ホテルアジールで、フロントの事務局に会費800円を支払い、チェックを完了しました。引き換えに散策のルートと、後ほど詳しく紹介しますが、奈良奉行であった川路聖謨(としあきら)の見聞日記の「寧府紀事」に記されたコメントが入ったなら町の地図等を渡されました。今回は、この川路聖謨が1847年の2,3月に視察したスポットの足跡を辿り散策するのです。地図を眺めながら、出発を待ちました。

散策地図
散策地図

少しマニアックなテーマで、それほど多くの参加者はいないだろうと思っていましたが、当日は30名程の申し込みがあり、それを4班各7名程度に到着順に分けられ、1時少し前から順次出発しました。ロビーに集まって出発を待つメンバーを見ると、男性が20%で女性が80%程度だと思われました。
また参加メンバーは60歳を過ぎた高齢者が多く、私の班は平均年齢65歳前後と思われました。また奈良市在住者が多く、県外参加者は少ない様に思われました。
各班には「朱雀の会」のガイドさんが各1名付き、案内と各スポットの説明を担当してくださいました。

徳川家ゆかりの念仏寺

集合場所を出発し、近鉄奈良駅の方向に向かい、最初にホテルから程近い「山の寺 念仏寺」を訪れました。この寺院の山門には金色の三つ葉葵の紋が掲げられており、徳川家との関係性が深いことが見て取れました。
徳川家康は、大阪冬の陣で真田幸村軍に敗れ、本陣の茶臼山から敗走し、さらに木津の戦いでも敗れ、奈良にまで逃げて来ました。そして、この寺院の近くで棺桶に身を隠して追っ手から逃れたとの逸話が残されています。
また夏の陣で豊臣家を破り、家康が天下を平定して後に、伏見城代を務めていた家康の末弟の松平定勝が袋谷上人に命じて、この念仏寺を建立したとされています。境内には、定勝の墓が建てられています。

  • 念仏寺の山門
    念仏寺の山門
  • 松平定勝の墓
    松平定勝の墓

川路聖謨が巡ったスポットを地図のルートに従い散策

先に地図の写真を載せましたが、小さくて読めないと思いますので、地図に書かれているスポット毎の川路聖謨のコメントを冒頭に『』内に記し、その後にガイドさんの案内内容や私の補足説明や感想などを記したいと思います。

① 漢国(かんごう)神社

『ここは東照宮の御具足シタの御前立ものあり(中略)大坂御軍之時御立寄』

徳川家康が大坂冬の陣の戦いに出向く際、前年に建設した奈良奉行所を経て、この漢国神社に立ち寄り、鎧兜を奉納したのです。実物は奈良国立博物館で保管されており、この神社にはレプリカが所蔵されています。レプリカを拝見すると、鎧と兜の頭部に付けられた御印のみで、兜は見当たりません。奉納の際に兜を落とし、ヒビが入ったので、そのまま持ち帰ったと伝えられているとのことです。

  • 漢国神社の拝殿と本殿
    漢国神社の拝殿と本殿
  • 家康が奉納した鎧と兜の前飾りレプリカ
    家康が奉納した鎧と兜の前飾りレプリカ

② 古梅園

『椿井町にて松井菊五郎宅にて製墨所をみる』

古梅園は創業1577年で、日本最古の製墨業の会社で、現在も多くの墨を製造販売しています。何カ所かに店舗や製造施設がありますが、訪れたのは椿井町の店で、有形登録文化財に指定されています。

現在の古梅園
現在の古梅園

③ 奈良町資料館
奈良町資料館に立ち寄り、ここで奈良奉行所や奈良奉行について、職員から詳しく説明を受けました。現在の奈良市は江戸時代には幕府の直轄地で、そこを治める目的で現在奈良女子大学がある場所に、1613年に奈良奉行所が設置されたのです。当時は豊臣家と対峙する必要があり、奉行所の周囲には堀がめぐらされ、要塞としての役割も担っていました。東西、南北各165メートルと広大な敷地を有していました。絵図をもとに製作された当時の奉行所の模型が展示されていて、その広大な姿を感じ取ることが出来ました。
この奉行所のトップが奈良奉行で、明治までに43代の奉行が、町と大寺の行政に尽力し、今日のなら町の基礎を造って来たのです。そんな奉行の中でも民衆に名奉行として慕われたのが、江戸末期の1846~1851年に奉行を務めた川路聖謨なのです。

  • 奈良町資料館の外観
    奈良町資料館の外観
  • 奈良町資料館の外観
    奈良町資料館の外観

④ 菊岡漢方薬局
奈良町資料館で奈良奉行と奈良奉行所に関する知識を得て、次に元興寺の塔跡へと向かいました。
途中、奈良県で最も古く平安末期創業の菊岡漢方薬局に立ち寄り、店主からお話を伺いました。店舗は520年間の長きに渡り三条通り沿いにありましたが、平成14年に現在のなら町エリアに移ったそうです。

現在の菊岡漢方薬局
現在の菊岡漢方薬局

⑤ 元興寺五重塔跡

『元興寺の塔は聖徳太子の建被成たるにて戦友四年になれ其火災に逢ふことなければつつかなし、三重までのぼりみたり』

川路聖謨がこの五重塔を訪れた際には、荘厳な姿を見せていたことが、この日記から分かります。川路聖謨がこの五重塔を見てしばらくした1859年に残念ながら塔は消失してしまいました。
現在は、なら町の民家に囲まれた空間に基壇と礎石を残すのみとなっています。現存していれば、興福寺の五重塔を凌ぎ、東寺の五重塔につぐ2番目の高さを誇っていたと考えられています。
ここは季節の花々が咲くなら町の隠れた名所でもあるそうです。塔跡の廃墟に咲く桜の花は正に往時を忍ばせてくれることだろうと感じました。

  • 塔跡の門
    塔跡の門
  • 塔の礎石
    塔の礎石

⑥ 御霊神社
この神社は桓武天皇の勅命により創建された神社です。奈良市内で最も氏子の多い神社だそうです。
当時の天皇一族の勢力争いで疑心暗鬼になっていた桓武天皇は、非常に怨霊を恐れており、その怨霊を鎮める神社として御霊神社を創建したそうです。また、その怨霊を恐れる余り、ついには遷都にまで至ったとの興味深い解説をガイドさんから伺いました。

  • 御霊神社の鳥居
    御霊神社の鳥居
  • 御霊神社の拝殿
    御霊神社の拝殿

⑦ 十輪院

『十輪院本尊をみる、空海の作の石の地蔵観音勢至なり』

現在十輪院は観光寺ではなく、檀家を持つ寺院となっています。この寺院の本堂は国宝に指定されています。石の菩薩像のご本尊は拝観できませんでしたが、ガイドさんから写真を見せていただきました。

十輪院の山門と本堂
十輪院の山門と本堂

⑧ 頭塔

『頭塔寺に参る、ここに玄昉僧正の首塚あり』

頭塔の名前の由来としては、川路聖謨が日記に記しているように、玄昉の頭を埋めたとの伝承によるとの説もありましたが、現在ではある古文書に767年に東大寺の僧侶である実忠が土塔を築いたとあり、恐らくはこれが頭塔だろうとされています。すなわち、ドトウが訛ってズトウとなったと言うのが定説となっています。
この頭塔は正倉院展の時期に見学が可能で、私は過去に2度実際に入って見たことがあります。その頃にはホテルの陰に隠れて外からは見えなかったのですが、今回はホテルがなくなり、更地になっていたので、外からも全貌を眺めることが出来ました。現在の姿は、発掘調査を経て平成3年に復元されたものです。

頭塔の遠景
頭塔の遠景

⑨ 橋本町高札場
頭塔から元興寺極楽坊を経て、橋本町にある復元された高札場の見学に向かいました。元興寺ではガイドさんから、元興寺は元々曽我氏に支えられた寺院であり、曽我氏の滅亡により、衰退が早かったのだろうとの話や、国宝の極楽坊の天井裏の見学会が催されることがあるとの貴重な情報も得ました。
目的地の橋本町の高札場は興福寺の南円堂の南側の三条通りにあります。これは、江戸時代に奈良奉行所が掲げた通達が書かれた高札を復元したものです。
この存在は以前から知っていましたが、それが江戸時代の高札の復元だと、初めて知りました。

復元された高札
復元された高札

⑩ 植桜楓の碑
なら町の基礎を築いた名奉行として名を残す川路聖謨は、東大寺周辺や佐保川沿いに何千本もの桜や楓を植栽して、今日の奈良公園周辺の風景を築いたことでも知られており、「桜奉行」との愛称で呼ばれていたそうです。これを顕彰して建てられたのが、三条通の猿沢の池の東端にある「植桜楓の碑」です。
ここでは、ガイドさんから川路聖謨は奈良を去る際に送別の品を贈られたが、熨斗だけをありがたく頂き、品物は辞退されたとの人となりを示す逸話を聞かせてもらいました。

植桜楓の碑
植桜楓の碑

終わりに

今回の奈良散歩のイベントに参加し、江戸時代の奈良奉行による統治と、なら町の形成に触れることが出来、非常に有意義で勉強になりました。
このイベントは、奈良の観光スポットにある程度精通した人向けだと感じました。また3時間座って休むことなく散策を続け、少しきつい行程でした。それでも、歴史探訪が好きで歩き慣れた人が多く、高齢者にもかかわらず、脱落する人はいませんでした。地図と共に渡されていたカフェの無料券を使い、カフェで参加者相互に感想を語り合った後、解散しました。駆け足で巡った中で興味深かったポイントは、またゆっくりと訪れたいと思っています。
ちなみに、第2回の「アジールさんぽ」は、8月5~7日の18時~20時に「妖怪と陰陽師」のタイトルで実施されるそうです。