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執筆者:千鶴
臨済宗特集

臨済宗の本山を訪ねて~深奥山方広寺(静岡県)/塩山向嶽寺(山梨県)~

執筆者:千鶴
執筆者:千鶴
山頂から見る方広寺
山頂から見る方広寺

こんにちは!ライターの千鶴と申します。
今回は、臨済宗特集。
良いところはもちろん、改善してほしいところまで、あえて挙げるという試み。
評価は、◎(素晴らしい!)○(良い)△(できれば改善してほしい…)の3段階。
あくまで参拝客としての視点での評価ですので、ご了承くださいませ。
ではまず、臨済宗がどんな宗派か、というところからまいりましょうか。

1.臨済宗ってどんな宗派?

臨済宗は、曹洞宗、黄檗(おうばく)宗と並ぶ、禅宗の宗派のひとつです。
インドで達磨大師が起こしたのち、中国に伝わり、宋に渡った栄西によって日本へもたらされました。
臨済宗では、悟りを『生きるもの全てに本来備わる仏性(仏としての性質)に目覚めること』と定義し、知識や言葉でなく、座禅や師との禅問答など体全体の感覚で得るもの、という考えの宗派です。
禅宗の中でも、武士の政権である鎌倉・室町幕府との結びつきが強く、室町文化の形成にも大きな影響を与えています。

その中で私が今回取材したのは、静岡県の深奥山方広寺、山梨県の塩山向嶽寺の二つの本山。
方広寺は、方広寺派の総本山。そして向嶽寺は、向嶽寺派の総本山。
同じ臨済宗のそれぞれの派の本山なのですが、この二つのお寺の方向性は正反対と言ってもいいほど違いがあります。
さて、この2つの寺院の違いをご紹介していきましょう。

2.深奥山方広寺(じんのうざんほうこうじ)

本堂への門には、皇室の菊の御紋が
本堂への門には、皇室の菊の御紋が

住所:静岡県浜松市北区引佐町1557―1
拝観料:500円
拝観受付:9:00~16:30(最終受付16:00)
創建:1371年、開祖は無文元選(むもんげんせん)

最初のお寺は、深奥山方広寺。
後醍醐天皇の11番目の皇子、無文元選が開祖。
無文元選禅師が中国で訪れた天台山方広寺の風景に似ていることから、方広寺(正式には方広萬寿禅寺)と名付けられました。
開祖が天皇の子であることから、現在でも敷地の一部が宮内庁の管轄になっており、その区域には一般人が立ち入ることはできません。
明治時代、それまで属していた曹洞宗南禅寺派から独立し、方広寺派の本山となりました。

  • 半僧坊の像。天狗の姿をしている
    半僧坊の像。天狗の姿をしている

境内には、方広寺の守護神『奥山半僧坊大権現』があり、こちらも有名です。
中国で修行した無文元選が帰国する際、海が荒れ難破しそうになった時に、ひとりの異人が姿を現して、船を守り導いたといいます。
かれは方広寺で無文元選の弟子となり、半僧坊と呼ばれました。
師の死去の際、半僧坊はこの寺を末永く守護することを誓い、山中に消えていったといいます。
それ以来、方広寺が戦火にあっても、開祖の像や墓所、半僧坊大権現は焼けることはなく、いつしか厄除けや商売繁盛の神様として信仰されるようになりました。
お寺の守護神?!
ちょっと不思議な気もしますが、方広寺は、仏教と神道が同居する神仏習合のお寺のひとつなのです。

では、方広寺についてご紹介しながら、項目別に評価をみていきましょう。

◆インターネットでの情報発信度… 
充実した公式HPでは、リアルタイムの混雑状況まで確認できます。
Twitter、Instagramにも公式アカウントを持ち、展示仏に関するニュース、精進料理の季節メニュー、また参拝報告へのリツイートなど積極的に情報を発信しています。

深奥山方広寺 公式HP
http://www.houkouji.or.jp/index.html

◆交通アクセス… 
JR浜松駅から遠州鉄道バス『奥山』行きで約60分、終点『奥山』下車。
バスは土日に1時間に1本、平日はさらに少ないのです。
車であれば、新東名高速道路浜松いなさICから約30分、もしくは東名高速道路浜松西ICから約40分。
『深奥山』の山号のとおり山の奥にあるので、車での訪問がお勧め。

美しい赤門が緑に映える
美しい赤門が緑に映える

◆駐車場… 
山門内に無料駐車場(約10台)あり。
混んでいる季節には、参道の外に大きな有料駐車場もありますよ。

◆トイレ… 
境内に1か所。本堂内のトイレもどちらも清潔。
山門の外にもトイレがありますが、ここは公衆トイレなのか、あまり手入れがされておらず、入るのにちょっと勇気がいります。

◆参拝客への案内… 
拝観受付で案内地図、パンフレット、開運塗り絵はがきを頂けます。
係の方が、見どころを回れるルートを説明してくれますし、境内の案内板も充実しており、本尊の説明など一部英語表記もされています。
また、観光ガイドの方から積極的に声をかけて頂き、丁寧な説明を受けることができました。
全体的に参拝客への対応がとてもこなれており、親切です。

清々しい山道には、たくさんの羅漢さんが
清々しい山道には、たくさんの羅漢さんが

◆バリアフリー度… 
山門からは本堂へは、山道で10分。
方広寺名物の五百羅漢さんがたくさん。全部で1,000体以上もあるのだとか!
足の不自由な方は、三重塔の前にも駐車場があるので、そこからなら山道を歩かずに済みます。
しかし多少の階段があり、本堂内には段差もあるのでご注意を。

  • 山頂の三重塔の前には、駐車場も
    山頂の三重塔の前には、駐車場も

◆境内の清潔さ… 
禅寺らしい整然とした庭、磨き抜かれた本堂。敷地は広いけれど手入れが行き届いています。
多くのお寺がそうであるように、ゴミ箱はありませんので持ち帰りましょう。

◆御朱印、お守り、おみくじ等の実施… 
御朱印は、ご本尊『宝冠釈迦如来』と『奥山半僧坊』の二種(各300円)。
各種お守りやお札、おみくじがありますが、私のおすすめはこちら。

  • 方広寺の守り神、奥山半僧坊大権現
    方広寺の守り神、
    奥山半僧坊大権現
  • このレトロ感がたまらない!
    このレトロ感が
    たまらない!

半僧坊大権現にある、おみくじマシン!
お金を入れると、巫女さん人形がお社に取りに行き、おみくじを渡してくれるのです。
こちらは2台あり、1台は半蔵坊大権現に入ってすぐ、もう1台は方広寺本堂から回廊で繋がる内側にあります。
入ってすぐのおみくじマシンは、巫女さん人形があさっての方向におみくじをピーンと飛ばしてしまい、マシン内に落ちるという事故が起こりました。
ドジっ子にもほどがあります。
奥のおみくじマシンの巫女さん人形は、ちゃんと渡してくれましたよ。

◆写経体験など参拝客や市民参加の場… 
広い本堂を活かし、個人だけでなく修学旅行や会社の研修旅行も受け入れています。(以下すべて要予約)
・写経・写仏体験、座禅体験(各1,000円) ・法話(10,000円) ・精進料理付き日帰り禅寺体験(5,300円 2名以上から受付) ・1泊禅寺体験(大人2名1室22,500円) 他にも、秋期講座、お寺での婚活や老人ホームの運営など、地域に親しまれているお寺であることが伺えます。

東海地方随一の広さを誇る本堂
東海地方随一の広さを誇る本堂

◆他の観光スポットへの連結度… 
車なら…
・龍潭寺(井伊直虎ゆかりのお寺) 20分 ・竜ヶ岩洞(りゅうがしどう。総延長1,000m、東海地方最大級の鍾乳洞) 10分

方広寺は山奥にあり、バスの本数が少なく、徒歩での周遊も難しいため、車での訪問がお勧め。

◆方広寺まとめ

本堂にかかる扁額は、山岡鉄舟の手によるもの
本堂にかかる扁額は、山岡鉄舟の手によるもの

皇室とゆかりのある大寺院ですが、地元に密着した活動も多く、福祉にも力を入れるなど懐の広さを感じます。
真面目でありながら工夫を凝らし、どこか遊び心も感じる素敵なお寺、という印象を受けました。
ぜひ一度訪れて頂きたい名刹です。
私も、一泊禅寺体験に行ってみたい!

3.塩山向嶽寺(えんざんこうがくじ)

  • 富士山の方角に向いているという向嶽寺山門
    富士山の方角に向いているという向嶽寺山門

住所:山梨県甲州市塩山上於曽2026
拝観時間:御朱印受付15:00まで
創建:1327年。開祖は南北朝時代の僧、抜隊得勝(ばっすいとくしょう)

続きまして、正反対ともいえる方針を持つ、塩山向嶽寺のご紹介です。
山号の塩山は、もともと『しおのやま=四方の山』からきており、山に囲まれた地であることを指しています。
向嶽寺という名は『富嶽に向かう』との意味で、本堂と参道はまっすぐ富士山の方向を向いており、開祖の抜隊得勝が、富士山に向かって説法をする霊夢を見たことにちなんでいるのだとか。
また、甲斐国の武田家に庇護され、信玄公の娘、松姫が織田信長から逃れる際に逗留したことでも知られています。

向嶽寺には『抜隊遺戒』と呼ばれる厳しい戒律があり、現在もその方針を貫いているため、お参りはできるものの道場その他の施設への立ち入りはできません。
そのことを知らずに参拝すると『あれ?』となるでしょうから、ぜひここで予備知識を得て頂きたいと思います。

◆インターネットでの情報発信度… 
TwitterなどのSNSアカウントはもちろん、向嶽寺としての公式HPもありません。
臨済宗・黄檗宗の共同公式HPでの紹介があるのみ。
これは、あくまで修行の場であるという考えによるものなのですが、そういった寺院であるということを発信する場があると広く世間の理解が深まるのでは、と感じます。

中門。由緒を書いた看板が立つ
中門。由緒を書いた看板が立つ

◆交通アクセス… 
JR中央本線、塩山駅から徒歩20分。 バスは、山梨交通バスの天王宿方面(平日1本、土日なし)、または窪平(西沢渓谷入り口)方面(1日5本)。
バスなら5分で着くものの、とにかく本数が少ないので、駅から歩きましょう。
塩山駅から向嶽寺はゆるやかな坂ですが、舗装がきちんとされて十分な幅のある歩道なので、真夏以外なら快適に歩くことができます。
塩山駅では、甲州市レンタサイクル『ぐるりん』で自転車を借りられるので、サイクリングもいいかもしれません。(30分100円)
申込みは、HPかスマートフォン(クレジットカード支払いのみ)か有人窓口(現金のみ)で!

甲州市レンタサイクル『ぐるりん』 公式HP
https://docomo-cycle.jp/koshu/

◆駐車場… 
駐車場は檀家・信者の方専用とあり、観光客の使用は禁止となっています。
附近は完全に住宅街で、近くにコインパーキング等もないので注意しましょう。
車で訪れる場合、JR塩山駅付近にはコインパーキングがあるので、そちらに停めて歩きましょうか。

◆トイレ… 
観光客を前提としていないため、境内にトイレはありません。
附近に公衆トイレやコンビニもないので駅で済ませておくのが最善です。

  • 大仏様の台座から、ひまわりの茎が!
    大仏様の台座から、ひまわりの茎が!

◆参拝客への案内… 
トイレと同じ理由で、案内板は設置されていません。
中門付近に由来を書いた看板の他は、境内の案内表示もなし。
修行にまい進するという非常にストイックな姿勢が伝わってきます。

立派な松のある本堂には、外からお参りできます
立派な松のある本堂には、外からお参りできます

◆バリアフリー度… 
境内はほぼ平地にあり、段差がほとんどないので、足の不自由な方でもほぼ支障がないと思われます。
境内から社務所までの道もほとんど段差はありません。

◆境内の清潔さ… 
ゴミは落ちていませんが、禅寺のイメージと少し違い、参道には杉の葉が散らばり、池の周囲に雑草が伸びているところもあり、少し意外でした。

庭の池には、睡蓮が咲いていた
庭の池には、睡蓮が咲いていた

◆御朱印、お守り、おみくじ等の実施… 
書置きの御朱印のみ実施。
社務所と思われる建物への通路に車止めが置いてあったため、念のため電話をしてみると『車止めの奥に入ってきてください』とのこと。
入り口で声をかけ、御朱印をお願いしたいと告げると、奥から小さな賽銭箱と一緒に持ってきてくださいます。
拝受料はお志で、ということでしたので500円を納めると、御朱印とパンフレット、向嶽寺派の冊子『塩山』が頂けました。
御朱印を実施しているのであれば、どこで拝受できるか等の案内表示があった方が、お寺の方にとっても参拝客にとっても手間が省けるのでは、と思う私です。

書置きの御朱印と、冊子、パンフレット
書置きの御朱印と、冊子、パンフレット

◆写経体験など参拝客や市民参加の場… 
修行の場のため、施設内見学も不可。
コロナ禍で中断されていましたが、毎年4月には、向嶽寺境内にある『あきやさん』と親しまれる秋葉神社のお祭りが行われ、大勢のお客さんが訪れるそうです。
年に何度か甲州市主催で、国の名勝に指定されている庭園の見学会が開催されているとのこと。
普段は静かな向嶽寺が賑わう季節に、ぜひ訪れてみたいですね。

◆他の観光スポットへの連結度… 
車で…
・恵林寺(向嶽寺の松、恵林寺の桜、放光寺の梅、と並び称される) 10分 ・法光寺(同上) 30分 ・諏訪神社(御柱祭りで有名な、全国に25,000社ある諏訪信仰の総本社) 30分 ・西沢渓谷(日本の名瀑百選に選ばれた『七ツ釜五段の滝』のある景勝地) 30分

徒歩で…
・塩山温泉(向嶽寺の開山抜隊得勝が発見したとされ、6軒の温泉旅館が点在) 5分 ・甘草屋敷(江戸時代に薬草の甘草を栽培し、幕府に納めていた大きな農家を移築したもの) 20分

甘草屋敷は、この地方ならではの工夫が随所に凝らされ、大変見ごたえがあります。
ガイドの方もいらっしゃるので、ぜひ話を伺いながら見学してみてください。

  • 塩山駅すぐそばの甘草屋敷
    塩山駅すぐそばの甘草屋敷
  • 甲州の気候に合わせた生活の工夫がいっぱい!
    甲州の気候に合わせた生活の工夫がいっぱい!

◆向嶽寺まとめ
予備知識なしに、初めての方が訪れると戸惑うかもしれません。
個人のブログでも『人がいないので御朱印を頂かず帰ってしまった』と書かれているのをちらほらと見かけました。
徹底した修行寺院であるという直接の発信の場があったり、御朱印に関する最低限の案内表示がされたりしていれば、参拝客との行き違いを防ぐことができるのではないかと思います。

この時代に、開山の教えを守り修行の場でありつづけることはきっと大変なこと。
それが広く人々に理解され、これからも守られていくように願っています。

いかがでしたでしょうか。
方向性に違いはあるけれど、方広寺も向嶽寺も、ともに見どころの多い大寺院です。
それぞれの歴史を知っておくことで、訪れた時により深い感動があるはず。
現代は、寺院にとっても、人口減少や宗教観の移り変わりによる信者の減少などに直面し、難しい時代でもあります。
仏教は、日本の文化を形作ってきた大切な要素のひとつ。
この先も末永く続いていくために、守るべき部分は守り、変わるべきところは変わっていく、そんな時代になってきているのかもしれません。